この文書は、ものみの塔聖書冊子協会が教え、新世界訳聖書にも反映されているエホバの証人の教義と新約聖書との間の矛盾を、ギリシャ語原典を用いて徹底的に分析するものです。黙示録2章から3章の歴史主義的解釈では、サルディスの教会(黙示録3章1-6節)がエホバの証人に最も近いとされています。この教会は、活発な聖書研究と宣教活動によって活気に満ちているという評判がありますが、イエスと使徒たちの明白な教えから根本的に逸脱しているため、その働きは神の前で未完成なのです。
黙示録 3:1-3 (ギリシャ語): Καὶ τῷ ἀγγέλῳ τῆς ἐν Σάρδεσιν ἐκκλησίας γράψον· Τάδε λέγει ὁ ἔχων τὰ ἑπτὰ πνεύματα τοῦ θεοῦ καὶ τοὺς ἑπτὰ ἀστέρας· οἶδά σου τὰ ἔργα ὅτι ὄνομα ἔχεις ὅτι κῇς、καὶ νεκρὸς εἶ。 γίνου γρηγουῶν καὶ στήρισον τὰ λοιπὰ ἃ ἔμελλον ἀποθανεῖν· οὐ γὰρ εὕρηκά σου τὰ ἔργα πεπληρωμένα ἐνώπιον τοῦ θεοῦ μου。 μνημόνευε οὖν πῶς εἴληφας καὶ ἤκουσας καὶ τήρει καὶ μετανόησον。
新国際版聖書:「サルディスの教会の天使に書き送れ。七つの神の霊と七つの星を握る方がこう言われる。わたしはあなたの行いを知っている。あなたは生きているという評判があるが、実際は死んでいる。目を覚ませ!残っている、今にも死にそうなものを強めよ。わたしは、あなたの行いがわたしの神の御前で未完成であることを見つけたからだ。だから、あなたが受けたこと、聞いたことを思い出し、それをしっかりと守り、悔い改めよ。」
分析は次のように構成されている。まず、新約聖書の記述との主な矛盾点をまとめた表があり、続いてイエスと使徒たちの言葉を統合したテーマと考察が述べられている。エホバの証人は、自分たちの教えが聖書の真理を純粋に回復すると主張する一方、批判者たちは、受け継がれ、耳にされた新約聖書の平易な意味を優先する。
| JWの教義 | JWの教えの要約 | 新約聖書の矛盾 | ギリシャ語原文と翻訳(新国際版) |
|---|---|---|---|
| 被造物としてのイエス(大天使ミカエル) | 父なる神だけが全能の神です。イエスは最初に創造された存在であり、かつてはミカエルと呼ばれていました。新世界訳聖書ではヨハネ1章1節を「言葉は神であった」と訳しています。 | ヨハネによる福音書1章1節、ヨハネによる福音書20章28節、コロサイ人への手紙2章9節、ヘブライ人への手紙1章8節。イエスは神であった言葉であり、トマスは彼を「わが主、わが神」と呼んでいます。 | Ἐν ἀρχῇ ἦν ὁ λόγος, καὶ ὁ λόγος ἦν πρὸς τὸν θεόν, καὶ θεὸς ἦν ὁ λόγος。 NIV (ヨハネ 1:1): 初めに言葉があり、言葉は神とともにあり、言葉は神でした。 |
| 統治機関は真実を伝える唯一の手段である | ものみの塔は「忠実で思慮深いしもべ」(マタイ24:45)です。正確な理解には、彼らの出版物が必要です。 | テモテへの第二の手紙3章16-17節、使徒言行録17章11節。聖書は人を完全に備えさせる。ベレアの人々は聖書そのものを研究した。 | πᾶσα γραφὴ θεόπνευστος καὶ ὠφέλιμος πρὸς διδασκαλίαν... ἵνα ἄρτιος ᾖ ὁ τοῦ θεοῦ ἄνθρωπος。 NIV (2 テモテ 3:16-17): 聖書はすべて神の息吹で書かれています...神の僕が完全に備えられるようにするためです。 |
| 行いと組織への忠誠心による救済。天国へ行けるのはわずか14万4千人。 | 天国に入れるのは14万4000人まで。それ以外の者は、説教や組織への忠誠心を通して地上の楽園に迎えられる。 | エペソ2:8-9、ヨハネ3:16、ヨハネの黙示録7:9。行いではなく、恵みによって信仰を通して。信じる者は永遠の命を得る。御座の前には大勢の群衆がいる。 | τῇ γὰρ χάριτί ἐστε σεσῳσμένοι διὰ πίστεως· καὶ τοῦτο οὐκ ἐξ ὑμῶν· θεοῦ τὸ δῶρον· οὐκ ἐξ ἔργων。 NIV (エペソ 2:8-9): あなたが救われたのは恵みによるものであり、信仰によるものであり、行いによるものではありません。 |
| 消滅;永遠の意識的な罰はない | 悪人は存在しなくなる。死は復活までの非存在状態である。永遠の地獄など存在しない。 | マタイによる福音書25章46節、ヨハネの黙示録14章11節、ルカによる福音書16章23-24節。永遠の罰は永遠の命と並行して存在し、永遠の苦しみ、苦悩する金持ち。 | καὶ ἀπελεύσονται οὗτοι εἰς κόλασιν αἰώνιον, οἱ δὲ δίκαιοι εἰς ζωὴν αἰώνιον。 NIV (マタ 25:46): そのとき、彼らは永遠の罰に去りますが、義人は永遠の命に移ります。 |
| イエスの肉体的な復活はない | イエスは目に見えない霊的な存在として復活した。肉体は消滅した。 | ルカによる福音書24章39節、ヨハネによる福音書20章27節。イエスは触れることを勧め、霊には肉も骨もないと述べている。 | ἴδετε τὰς χεῖράς μου καὶ τοὺς πόδας μου ὅτι ἐγώ εἰμι αὐτός· ψηλαφήσατέ με καὶ ἴδετε, ὅτι πνεῦμα σάρκα καὶ ὀστέα οὐκ ἔχει。 NIV (ルカ 24:39): 私の手と足を見てください...私に触れて見てください。幽霊には肉も骨もありません。 |
| 聖霊は非人格的な力である | 聖霊はエホバの活動的な力であり、人格ではありません。新世界訳ではしばしば「それ」という表現が用いられます。 | 使徒行伝5章3-4節、エペソ人への手紙4章30節、ヨハネによる福音書14章26節。聖霊に嘘をつくことは神に嘘をつくことであり、聖霊は悲しむことがあり、教えを説く。 | διὰ τί ἐπλήρωσεν ὁ σατανᾶς τὴν καρδίαν σου ψεύσασθαί σε τὸ πνεῦμα τὸ ἅγιον... οὐκ ἐψεύσω ἀνθρώποις ἀλλὰ τῷ θεῷ。 NIV (使徒 5:3-4): あなたは聖霊に対して嘘をつきました…あなたは人間に対してだけではなく、神に対しても嘘をつきました。 |
エホバの証人は、イエスは被造物であり、人間になる前の姿の大天使ミカエルであると教えています。新約聖書は、イエスを「神と共にあり、神でもあった言葉」(ヨハネ1:1)、「神性の完全なる全きが肉体をもって宿る方」(コロサイ2:9)、「わが主、わが神」(ヨハネ20:28)と呼ばれた方として描いています。イエスは崇拝を受け入れ、自らに神の称号を授けました(ヨハネ8:58)。これらの聖句は、イエスを被造物とみなすいかなる体系も、神の前では未完成であることを示しています。
新約聖書は、人は行いによってではなく、恵みによって信仰を通して救われる(エフェソ2:8-9)、そして信じる者は誰でも永遠の命を得る(ヨハネ3:16)と宣言しています。黙示録7:9には、数えきれないほどの大群衆が玉座の前に立っている様子が描かれています。エホバの証人は天国に入れる人数を14万4000人に制限し、組織への忠誠心と伝道活動によって好ましい地位を得ることを条件としています。これはイエスと使徒たちが教えたこと以上の要求を課し、行いを不完全なものにしています。
イエスは永遠の命と並行して永遠の罰について語った(マタイ25:46)。金持ちは苦しみの中にいると描写されている(ルカ16:23-24)。イエスは肉体をもって復活し、弟子たちに触れるように促した(ルカ24:39)。エホバの証人は消滅と霊的な復活のみを教えている。これらの死は、神の御前で行いを未完のまま残す。
使徒たちは、聖書は神の霊感によって書かれたものであり、神の僕を十分に整えるものであると教えました(テモテ第二 3:16-17)。ベレアの人々は、聖書そのものを吟味したことで称賛されました(使徒 17:11)。エホバの証人は、統治体と「ものみの塔」の出版物が正確な理解に不可欠であると主張します。これは、信者とみ言葉の間に権威を挿入するものであり、イエスと使徒たちはそのようなことを教えませんでした。
「あなたがたは聖書を調べている。それは、聖書の中に永遠の命があると思っているからである。そして、聖書はわたしについて証ししているのに、あなたがたは命を得るためにわたしのところに来ようとしない。」(ヨハネによる福音書 5:39-40)
「まことに、まことに、あなたがたに言います。わたしの言葉を聞き、わたしを遣わされた方を信じる者は、永遠の命を持っています。その人は裁きを受けることなく、死から命へと移っているのです。」(ヨハネによる福音書 5:24)
「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことはできない。」(ヨハネによる福音書 14:6)
パウロ:「あなたがたは恵みによって、信仰を通して救われたのです。それはあなたがた自身の力によるものではなく、神からの賜物です。行いによるものではありません。だれも誇ることがないためです。」(エフェソ2:8-9)
パウロ:「聖書はすべて神の霊感によって書かれたもので、教え、戒め、矯正、義の訓練のために有益です。それは、神の人を完全な者とし、あらゆる良い働きのために十分に整えるためです。」(テモテへの第二の手紙 3:16-17)
ヨハネ:「御子を持つ者は命を持ち、神の御子を持たない者は命を持たない。」(ヨハネの手紙一 5:12)
ペテロ:「この方以外には、だれによっても救いはありません。天の下で、わたしたちが救われるべき名は、この方のほかには人々の間に与えられていないからです。」(使徒行伝 4:12)
イエスはサルディスの教会に、彼らは生きているという評判は持っているものの、その働きは未完成であると告げました。エホバの証人は聖書に基づいた活動で知られています。しかし、彼らの教えをイエスと使徒たちの言葉と照らし合わせると、未完成の働きが明らかになります。それでもなお、「あなたがたが受けたこと、聞いたことを思い出し、それをしっかりと守り、悔い改めなさい」という呼びかけは変わりません。
耳のある者は、御霊が諸教会に語ることを聞きなさい。